2011.1.30馬場~愛宕山~猪倉山、そして鐙摺山

1月8日の河北新報に「柴田の里山史跡ハイクー6コースを町が設定」という記事が載った。
猪倉山の山頂部分を除いては全部歩いていたが、どんなコースを設定したのか気になり
地図をもらいに行ってきた。
ほとんど車道歩きが長いノルディックウォーキングといったコース設定で予想通りといえば
その通りであった。
柴田町の最高峰の愛宕山(あたごさん291.2m)は山頂まで舗装車道で行けてしまう山であるが、以前途中までではあるが東西に延びる尾根を辿ったことがあった。もしかしたらその稜線
コースが整備されたのでは?なんてちらっと期待していたのだった。
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6コースの中の鐙摺山はまだよく知られていない山であり、里山文庫のメンバーで登って
みようか、ということになった。ほかのコースもどれくらい整備がされたのか興味もあり
歩いてみようという話になっていた。
ちょうどそのころ私のブログを見ていてくれてる、という古川のじゅんさんからメールを
いただいたので、柴田の里山歩きにお誘いした。
そこでわざわざ古川から来ていただくのでは山頂まで車道歩きではいささか申し訳ないと
愛宕山縦走コース発掘プロジェクトをひそかに立ち上げ、西側の下見をしてみたら
たいした藪の苦労なく繋げることがわかった。
都合の悪くなった里山文庫の2名に変わって新たな面々が参加してくれることになった。

そんなわけでひろさん、じゅんさん、マロさん&おっ家内さんmorinoさん、マロンさん
タッシーさんSONEさん、私の9名でのスタートである。
2台を猪倉溜池にデポ後、県道25号岩沼蔵王線の峠から「馬場雷線」に入り馬場山のそばに
車を停めて歩きだす。
夜の間に積もった雪は長靴歩きにちょうどよさそうな深さだが、車道は除雪がしてあった。
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ふわふわの軽い雪が気持ちのよい新雪歩きで進んでいく。
途中阿武隈山地の北端がきれいな雪化粧の中に見えた。
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作業道は最初のピークまで続き、ここからはアオキと灌木がちょっとうるさい急な
所を下り、269mピークに向かって登り返す。
寒い予報だったけど、天気はいいし、風はないし、で登りでは汗ばむくらいだった。
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269mの北端に登ると、あそこまで、の猪倉山が見えてきた。
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このピークは西側が伐採されていて笹とイバラがすごいので東側に巻いて進むと
歩きやすいが、笹藪にあえて挑戦したい猛者も数名。でもやっぱり歩きやすいほうを
進むほうが早かったみたいだ。
ここからはアップダウンの連続で進んでいく。
低山里山といえど侮れないのだ。
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車道に出た。
すごい撮影機材(一眼だけどすごく大きくて重い)を携えてきたタッシーさん。
どんな写真が撮れたかな。
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山頂にて記念撮影。
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車道を歩くか境界線沿いに植林地を下るかみんなで協議の結果境界線沿いに
下ってみようということになった。
途中のビューポイント。愛宕のマッターホルンに立つひろさん。
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そこからは太平洋展望ビューである。
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愛宕の屏風岩。本当に衝立状の岩だ。
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植林地のずいぶん下のほうまでは問題なく歩けることはわかっていたが、最下部の状態が
わからず心配だったが、作業道の笹が刈り払われていてスムーズに送電線の下に出ることができた。
巡視路を進むと愛宕山の山頂が見えていた。
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進行方向には猪倉山が見える。
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最初の鉄塔まで歩いた所で、SONEさんが地図読みを生かして最短距離で猪倉山に猪突猛進する。

民家の裏から登るコース、ひろさんが以前歩いた時は藪藪だったというが、すっかり歩き易く
なっていた。
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伐採された展望ポイントからは阿武隈山地が鹿狼山まで重なり合って見えた。
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あとは脱兎のごとく「花いかだ」を目指すメンバーであった。
二八の手打ちと十割機械の2種類で、天おろしソバ、花おろしソバ、鴨せいろなどがあったが
私は体の温まりそうな二八の鴨南蛮(1430円)にした。
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ちょっと隠れ家みたいな「花いかだ」だった。
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軽く腹ごなし登山は鐙摺山(あぶずりやま256.3m)である。
柴田町でもらったパンフレットによると「昔、吾妻街道であった道を馬で通る際に鞍から
吊り下げた鐙が石にぶつかり摺れたことから」と書いてある。
車道で一番近い所から植林地に入ってすぐそこの山だった。以前はりんご園だった所に
ヒノキなんかが植えられたのだそうだ。
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山頂の石碑には安政の文字が見えた。
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話題が少ない山だからとみんなで童心に帰って雪落としをして遊ぶ。
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賑やかにげらげら笑いながらの楽しい里山新年会になった。
赤が下見で緑が本日。
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by miyagi1305 | 2011-01-31 12:39 | 宮城県南
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